幸田真音「天佑なり」を読むⅡ-21~30

幸田真音「天佑なり」を読むⅡ-21 藤村らは田島の報告を得て驚き、藤村が前田の所にやって来て、「我々は最初、この仕事が成功するまでは一切他人に秘しておくつもりだったが、すでに日本側出資額を50万円と契約した以上、我々だけの力だけでは及ばなく…

幸田真音「天佑なり」を読むⅡ-11~20

幸田真音「天佑なり」を読むⅡ-11 それで公使館で相談の結果、原書記官が同行してくれることになりましたが、原は「君の専門的な用件には通弁できない。それで君の便宜のために英語の解る人に出て貰うよう交渉してみよう」と云い、特許局では英語の解る人…

幸田真音「天佑なり」を読むⅡ-1~10

幸田真音「天佑なり」を読むⅡ-1 1881(明治14)年の春になって、友人からいつまでも学校で教員をするだけでなく、文部省へ入って教育の事務をとってはどうかと勧められ、高橋も同感で、その話をすすめてもらいました。 ところが当時文部省の小丞か何…

幸田真音「天佑なり」を読むⅠ-21~30

幸田真音「天佑なり」を読むⅠ-21 このようんな経緯(いきさつ)で、やがて同藩の家老友常典膳と会見して正式に決定、そこで高橋はいくらかの月給を前借りして、その一部で洋服を誂え、他の一部で借財の始末をしました。もっとも本多らのために借りた25…

幸田真音「天佑なり」を読むⅠ-11~20

幸田真音「天佑なり」を読むⅠ-11 やがてブラウン老人夫妻は「自分たちは清国へ行くことになった。自分の親戚で桑港の税関に勤務している親切な人がいる。お前はそこへ行ったらよかろう。そうしたら昼間は主人について税関の仕事の手伝いをしながら事務を…

幸田真音「天佑なり」を読むⅠ-1~10

幸田真音「天佑なり」を読むⅠ-1 幸田真音(こうだまいん)「天佑なり 高橋是清・百年前の日本国債」は2011(平成23)年11月7日から東京新聞その他に連載を開始、2013(平成25)年角川書店から刊行され、第33回新田次郎賞を受賞した作品で…

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第1弾「はてなブロガーに5つの質問」

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第1弾「はてなブロガーに5つの質問」 1. はてなブログを始めたきっかけは何ですか? 高校程度の日本史学習から、さらに専門的な学習への橋渡しになるような史料ならびにインターネット上の映像などを紹介するこ…

美濃部亮吉「苦悶するデモクラシー」を読む11~20

美濃部亮吉「苦悶するデモクラシー」を読む11 第二点に我が憲法上、天皇の統治の大権は万能無制限の権力であるや否や、此点に付きましても我が国体を論じまする者は、動もすれば絶対無制限なる万能の権力が 天皇に属していることが我が国体の存する所であ…

美濃部亮吉「苦悶するデモクラシー」を読む 1~10

東京都知事とは編集 日本の東京都の首長(知事)。 略称:都知事 続きを読む このキーワードを含むブログ (今週 43 件) を見る

美濃部亮吉「苦悶するデモクラシー」を読む 1~10

美濃部亮吉「苦悶するデモクラシー」を読む 1 [美濃部亮吉(美濃部達吉の長男、東京教育大教授を経て東京都知事などを歴任)「苦悶するデモクラシー」文芸春秋]は1958(昭和33)年6月号から1959(昭和34)年1月号まで「文芸春秋」に連載した…

小林多喜二「蟹工船」を読む21~30

小林多喜二「蟹工船」を読む21 二時でもう夜が明けていた。絆天の袖にカガシのように手を通しながら、漁夫が段々を上がって来て、ハッチから首を出したまま、はじかれたように叫んだ。 「あ、兎が飛んでる。-これァ大暴風(しけ)になるな。」三角波が立…

小林多喜二「蟹工船」を読む11~20

小林多喜二「蟹工船」を読む11 1927(昭和2)年3月3日小作人代表伴利八・阿部亀之助ら15名は約200名の労組員の出迎えを受けて小樽駅に到着、吹雪の中を赤だすきをかけた小作人代表を先頭にして、磯野店や商業会議所へデモ行進しました。争議団…

小林多喜二「蟹工船」を読む 1~10

小林多喜二「蟹工船」を読む 1 小林多喜二「蟹工船」(「新日本文庫」・小林多喜二全集 第2巻 新日本出版社 以下全集と略)は「戦旗」(「全日本無産者芸術連盟」ナップ機関誌)1929(昭和4年)の5、6月号に掲載された小説で、「左翼的批評家だけで…

犬養道子「花々と星々と」を読む31~40

犬養道子「花々と星々と」を読む31 それが、椿の咲きつくして、桃や桜の咲く季節になると、再び開けられました。「なにィ、クモォ? 平気じゃい、平気じゃい。ヒヒヒ」脳のてっぺんから湧き出るような、甲高い声の人が谷間の部屋にやって来たからです。 古…

犬養道子「花々と星々と」を読む21~30

犬養道子「花々と星々と」を読む21 古い本の少なくない書棚の中に、ひときわめだって古ぼけた一冊があります。著者は大町桂月、書名は「伯爵後藤象二郎伝」(伝記叢書 大空社)。 一葉の写真にぶつかると、道子はそのまま長い間、動きませんでした。うら若…

犬養道子「花々と星々と」を読む11~20

犬養道子「花々と星々と」を読む11 1910(明治43)年5月25日大逆事件(「日本の労働運動」を読む47~48参照)の宮下太吉検挙が開始され、やがて幸徳秋水(「日本の労働運動」を読む27参照)も逮捕されました。秋水が法廷で「いまの天子は、…

犬養道子「花々と星々と」を読む1~10

犬養道子「花々と星々と」を読む 1 犬養道子「花々と星々と」上下(大活字本シリーズ 埼玉福祉会)は著者の自伝的随筆で、中央公論社から1969(昭和44年)出版、1973(昭和48)年増補版が出されました。著者は1932(昭和7)年の五・一五事…

城山三郎「男子の本懐」を読む31~40

城山三郎「男子の本懐」を読む31 1930(昭和5)年11月下旬、井上は恒例の製造貨幣試験に立会い、あわせて銀行大会などに出席するため、関西へ赴きました。 財務省―トップページー検索―製造貨幣大試験について 政府の政策として、労働者の権利伸長の…

城山三郎「男子の本懐」を読む21~30

城山三郎「男子の本懐」を読む21 1927(昭和2)年4月20日田中義一(「凛冽の宰相 加藤高明」を読む30参照)政友会内閣(組閣中田中は井上準之助に外相就任を要請したが、彼が辞退したため首相が外相兼任、蔵相は高橋是清元首相)が成立(「官報…

城山三郎「男子の本懐」を読む11~20

城山三郎「男子の本懐」を読む11 帰国した年の10月、井上は検査役となり、星ヶ岡茶寮で毛利千代子(華族毛利家の娘)と結婚式を挙行しました。 THE CAPITOL HOTEL TOKYU―レストラン&バー 1900(明治33)年12月25日熊本の第九銀行(安田銀行・…

城山三郎「男子の本懐」を読む1~10

城山三郎「男子の本懐」を読む 1 城山三郎「男子の本懐」(「城山三郎全集」1 新潮社)は「週刊朝日」[1979(昭和54)年3月23日号~同年11月20日号]に連載されたノンフィクション小説で、第27代首相浜口雄幸と彼の盟友井上準之助蔵相の生涯…

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む41~50

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む41 ここへ来てから半月ばかり後、11月号の「青鞜」と野枝さんからの厚い手紙が届きました。その手紙の内容は、大体つぎのようなものでした。 「自分がつくった雑誌があまりに不出来なので、自分にあ…

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む31~40

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む31 ジャーナリズムの非難、攻撃、揶揄(やゆ)と同調して、彼等の描く青鞜社なるものを目の敵にして騒いだのは当時の女子教育家たちでした。下田歌子を筆頭に津田梅子というような人びとが、おそらく「…

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む21~30

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む21 1911(明治44)年、かぞえ年26歳を迎えた彼女は、相変わらず坐禅と図書館通い、それに英語の勉強に明け暮れて、人ともあまり交わらず、といってこれという仕事もない毎日を送っておりました…

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む11~20

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む11 女学校四、五年の一時期に、彼女が富士登山を思いたった気持の背景には、その当時、女性の富士登山者がぼつぼつ現れて、それを新聞などが賞賛的に書き立てていたことなどもいくらか影響したのでしょ…

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む1~10

平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」を読む 1 平塚らいてう自伝「元始、女性は太陽であった」(大月書店)下巻に収録された、小林登美枝「らいてう先生と私」(1971年8月15日付)は本書の成立事情について、次のように述べています。 「(前略)…

江宮隆之「政治的良心に従います」-石橋湛山の生涯―を読む(A)11~20

江宮隆之「政治的良心に従います」-石橋湛山の生涯―を読む(A)11 1915(大正4)年1月加藤高明外相の訓令にもとづき、日置益駐華公使は中華民国大総統袁世凱に5号21ヵ条要求を提出、秘密交渉とするよう求めました。5月4日閣議は21ヵ条要求か…

江宮隆之「政治的良心に従います」-石橋湛山の生涯―を読む(A)1~10

江宮隆之「政治的良心に従います」-石橋湛山の生涯―を読む(A) 1 江宮隆之「政治的良心に従います」-石橋湛山の生涯―(河出書房新社)は1999(平成11)年に出版された石橋湛山の伝記小説です。わたしは石橋湛山の生涯を(A)生誕から大正末年まで、…

鈴木文治「労働運動二十年」を読む21~30

鈴木文治「労働運動二十年」を読む21 1920(大正9)年5月2日(日曜日)日本最初のメーデーが上野公園で開催され、参加者1万人余、鈴木文治は開会の辞で『諸君、この記念すべき日に於て、我等日本の労働者も、世界各国の労働者も共に叫びませう、曰…

鈴木文治「労働運動二十年」を読む11~20

鈴木文治「労働運動二十年」を読む11 米国における日本人移民によって労働市場が圧迫されるとする排日の気運は日露戦争後の1905(明治38)年後半から顕著となり、1913(大正2)年5月2日カリフォルニア州での「外国人土地所有禁止及び借地制限…